今年の「全豪オープン」(オーストラリア・メルボルン/1月16日~1月29日/ハードコート)で新しく導入されたルールは、トップクラスの選手がより強く、弱い選手にチャンスが回ってこない仕組みを作ってしまうと元テニス選手のトッド・ウッドブリッジ(オーストラリア)は警鐘を鳴らしている。今回導入されたオンコートコーチングはどのようにテニスの試合を変えてしまうのか。豪スポーツメディアのWide World of Sportsが伝えている。
今年の「全豪オープン」では、グランドスラム大会で初めてオンコートコーチングが許容されることになった。選手はプレーヤーボックスにいるサポートスタッフからアドバイスをもらい、試合中に戦略を練り直すことが可能になる。加えてスタジアムコートで行われる試合だと、コーチらは各ポイントがどのようにプレーされたかを示す速報データを手にすることができる。
本大会でこの情報を使い、試合の流れを変えた最も良い例はステファノス・チチパス(ギリシャ)対ヤニク・シナー(イタリア)の試合だろう。第3シードのチチパスは6-4、6-4と2セット連続で奪い、試合の主導権を完全に握っていた。しかし名コーチとの呼び声も高いダレン・ケーヒル氏がシナーにリターンの位置を変えるようにアドバイスすると、試合の流れがガラリと変わった。シナーはその後2セットを連続で奪い返し、試合は最終セットにもつれ込んだ。最終的には、ファーストサーブを90%以上決めたチチパスが第5セットを奪って勝利した。
ウッドブリッジによると、この試合こそオンコートコーチングの是非が論争を巻き起こす理由を示しているという。若手ながらトップ選手の1人であるシナーは、彼と一緒に遠征するコーチやサポートスタッフに精鋭を雇うことができる。一方、ランキングの下位にいる選手は、試合の重要な場面でケーヒルのような名コーチのアドバイスを受けることはできないのだ。
このルールがアンフェアな優位性を作り得るかと聞かれたウッドブリッジは、次のように答えた。「それはいい論点だと思う。新進気鋭の選手たちは遠征に随行できる集団を持っていないからだ」
「彼らには助けてくれる友達や家族はいるかもしれないが、多くのスタッフがいるわけじゃない。でも仕方ないよね。そうなっているんだよ。でも僕がこのルールを気に入らない理由はまさにそれさ。上手くプレーすれば裕福になれて、もっとできることが増える。だけど選手として最終的にできることは良いプレーをすることなのかな」
ウッドブリッジの言い分は理にかなっているが2023年の「全豪オープン」の結果を見ると、2週目を前に男子シングルスと女子シングルスの両方で第1シードと第2シードの選手が敗退してしまった。これはオープン化後初めてのことだ。
ウッドブリッジが観戦したところ、多くの選手は新しいルールに慣れておらず、試合中は自分の殻に閉じこもりがちだという。「正直いうと、僕が期待していたより使っていないね。ずっと座ってさ。面白いことだね。大きく習慣を変えると、使いこなせるまでは少し弊害が生じるのかもしれないな」
「コーチの一部は時々何かをつかんで指示を出しているけれど、劇的に変わっているわけではないね。あと数年で、全てのグランドスラムでこのルールを許可することが同意されれば、行動パターンは変わってくると思う」
最終的に、ウッドブリッジは新ルールに反対の立場を改めて表明した。 「僕らのスポーツの最大のポイントは、自分でやらなきゃいけないということさ。自分で問題を解決しなきゃいけないんだ。僕たちはこういう重要な、長時間の辛い試合の中で、素晴らしい選手たちが自力で問題を解決する様子を見てきた。アンディ・マレー(イギリス)が本大会2回戦で逆転勝ちしたようにね。僕は負け戦を戦っていると思うんだ。そのうち僕の意見は少数派になるだろう。それでも今は、主張を曲げるつもりはないよ」
(WOWOWテニスワールド編集部)
※写真は「全豪オープン」でのシナー
(Photo by Jason Heidrich/Icon Sportswire via Getty Images)
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